準急に乗って実家から帰る。経路検索では途中で特急に乗り換える経路が出てくるが、あえて準急に乗り続ける。準急は空いている。ぎゅうぎゅう詰めで立って乗る特急で30分と、ガラガラの準急で座って移動する50分では準急のほうが時間が短く感じさえする。あえて準急を選ぶことで、余白が生まれる。それは時間的にも、精神的にもそうだと思う。余白は与えられるのではなく選び取るもの、作り出すものなのだと最近はよく思う。余白のぼんやりとした思考が、疲れた脳に安らぎをもたらしてくれる。
余白が大事とか無駄が大事とか、いつもそんな結論になっている気がする。文学部出身者の悪いところかもしれない。